濱田恵理子(はまだ えりこ)
温かみが感じられる作風でハノイの街を描く画家の濱田恵理子さん。もともと油絵が専門だが、美術教員として赴任したハノイで漆画に出合い、日本に戻ってからも「やっぱりベトナムを描きたい」と話す。漆などを塗り重ねて研ぎだす独特のベトナム漆画を描くことで実感した、ハノイの魅力について語ってくれた。
Japanese
温かみが感じられる作風でハノイの街を描く画家の濱田恵理子さん。もともと油絵が専門だが、美術教員として赴任したハノイで漆画に出合い、日本に戻ってからも「やっぱりベトナムを描きたい」と話す。漆などを塗り重ねて研ぎだす独特のベトナム漆画を描くことで実感した、ハノイの魅力について語ってくれた。
ハノイの街自体が自分に影響を与えた
ベトナムでしかできない絵の授業
「小学校の時に、バルセロナの日本人学校に通っていました。その時の図工がとても面白かったんです。写生会に行く前にガウディの勉強をしたり、タイル画を実際に作ってみたり、バルセロナでしか経験できないような内容で、先生がどういう考えで授業をしているのかという話も聞けました」
その経験から、濱田さんの「日本人学校の教員になりたい」という夢が生まれた。美術大学を卒業後、児童館や幼稚園での勤務を経て、願い叶って美術教員として2013年に赴任したのがハノイだった。事前に思い描いていたのとは異なり、「戦争のイメージはなく、街は発展していて住みやすい」という印象の街。日本人学校では小学校の図工と、中学校の美術を担当した。
「バルセロナで先生に聞いたことを念頭に、ベトナムでしかできない授業を子どもたちに経験してもらいたいと思いました」
”線をつなげる”授業で火炎樹を使ってオブジェを作ることから始まり、編み笠の”ノンラー”にパノラマでハノイの街を描いたり、ドンホー版画を鑑賞して物語を作ったり。2年生の初めて絵の具を使う授業では、絵の具を混ぜ合わせてランブータン、マンゴスチン、ドラゴンフルーツの絵を描くなど、ハノイの様々な素材を積極的に取り入れた。
「そんなある時、保護者の1人でウズギャラリーの経営者である難波由喜さんと知り合いました。このギャラリーではベトナムで活躍される漆画家の安藤彩英子さんの作品が展示されています」
実際に目にした漆絵に衝撃を受けた。
「今までに見たことがない作品が、ギャラリーの至るところに展示されていて。かっこいい、こんな色が出せるんだ、卵殻や螺鈿を使ったらこんな風になるんだと感動しました」
さっそくギャラリーの隣にある漆絵教室に週1回、通い始めた濱田さん。日本人学校の任期が終わり、結婚を経て2018年に再びハノイに来てからは、難波さんからの紹介で漆画家のホアンさんに師事する。ホアンさんは、安藤さんが共に漆絵を学んだ友人だ。
細かく描き込んだ絵だからこそ
写真では気づけないものが見える
ベトナムの建物を漆で描くために、気になった建物の前でひたすらスケッチをした。
「椅子に座って3~4時間ほどスケッチをしました。ベトナム人の店や自宅は、道にせり出していて、ドアが開いているので、家の中を想像できるのが楽しいんです。どんな人が住んでいるのか、どんな暮らしをしているのかを考えさせられますね」
店や個人宅の前で描いていると、その住人たちは喜んでくれた。
「家に招いてくれたり、描いた絵の写真をとらせてと言ってくれたり。かなり細かいところまで描き込んでいくため、『これは僕の自転車とヘルメットだよ』など、できあがった絵をみて教えてくれることもありました」
ギャラリーではベトナム人学生との出会いもあった。
「2017年にギャラリーで個展を開いたときに、学生スタッフさんたちと仲良くなりました。それまではベトナム人に対して言葉や文化の違いを感じていたのですが、その子たちと会ったときに、似ているな、同じように考えるんだなと思うことが多く、国籍の違いをあまり感じなくなりました」
彼女たちは日本のことが好きで、日本にも詳しかった。
「彼女たちは日本の歴史から、アニメのキャラクターまで、私以上に日本のことをよく知っていました。いつも生徒の子どもたちに『ベトナムのことをよく見ようね』と話していたのですが、自分が実は日本のことをよく知らないことに気づかされました。だからこそ、日本に戻ってからも漆のことを勉強しようと思うようになりました」
外国人だから気付けるベトナムの良さ
自分の目で見たベトナムの魅力を伝えたい
日本に帰国した今でも、絵のテーマはやはりベトナムがいいと話す濱田さん。
「ベトナム人にとって、日本はきれいで住みやすい街に見えるみたいです。一方、私にとってベトナムは歩きにくかったり、ゴミが落ちたりしていますが、歴史をちゃんと残して、歴史とともに生きているベトナムの街はとても魅力的です」
ハノイの典型的な店は、1階は商店として活用し、2階部分は古いまま残されていることが多い。
「ぼろぼろの壁でも、それを塗りなおしたり、歴史を積み重ねていっているんです。消したり壊したりせず、そのまま住んでいる。戦争当時からあった壁など、家自体がいろんなものを見てきているんです。いろんな人がさわったり使っていた場所に、自分が今いることをすごく感じました。とくに塗り重ねて研ぎだす漆絵で表すと、その感じがすごく出てくるんです。例えば黄色を塗って、乾いてからべっこう飴の様な色をした漆を塗り重ねると、まだらに黄色が出てくる。その表現方法が、まさにハノイの家屋と同じなんです」
展示会で出品した作品を見て、ベトナム人から「ボロボロの家なのにいいの?」と聞かれたことがある。「植木鉢がたくさん置いてあって、壁の色が…」とその家に惹かれた理由を話すと、「そんなこと考えたことがなかった」という反応だった。
「自分の国のことは、他国を見てみないと気付かないことがあります。ベトナムが発展していく中でも、今あるいいところを壊さないように、ベトナムの歴史とともに生きている街をぜひ残していってほしい。外国人の自分だからこそ、ベトナム人の人たちにベトナムの良さを気付いてもらいたいという思いがありますね」
1988年、宮城県生まれ。 2012年多摩美術大学卒業(油絵)、同年FACE展入選。2013年4月から4年間、ハノイ日本人学校の美術教員として赴任。2018年に再びハノイへ渡り、ベトナムの伝統漆工芸画家のホアン氏に師事。個展開催は、2017年に「チャーム・オブ・ハノイ」Charm of Hanoi」(マンジギャラリー)、2019 年「漆で見るハノイ」(トランキルブック&コーヒーカフェ)。2019年末に日本に帰国し、現在は東京在住。 |
VTV4日本語番組編集者・アナウンサー
ブロガー/「ベトナムリアルガイド」運営
医学博士、京都民医連中央病院/腫瘍内科医長